October  2003


10月26日(日)  松阪 第2弾

先日の浜松からしりとりのように松阪入り。
新たなるめるへんを求め、街並みを少し歩いてみようと、タクシーの運転手さんに
道を聞いて、前回行かなかったJR側へ近鉄側から地下道を渡っていった。
しかし、教えられた近鉄側の地下道の入り口が、歩道に背を向けていて、
まるで人目から
隠されているかの様に存在していたのに驚かされ、また迷わされた。
そして中を通ってみると、おばちゃんやおじちゃんがスイスイ自転車で走っていて、
なんともその光景がほほえましく、また"めるへん"だった。
そしてJR側にたどり着くと、どこか津駅に似ている。
そういえば、近鉄側も津駅と似ていた気が…。
まだまだ要調査の街「松阪」。今度はぜひ牛を発見したい!


10月23日(木)  What a cool ! in 浜松
今日、青空と西風に吹かれる雲の下で私が眺めていた景色の一部にはいつも彼らがいた。
普段なら波間を沖へ岸へと行き交うウィンドサーファーの浜辺での休憩は
のんびりゆったり波風話のはずが、今日は砂浜で脱輪中の車を発見して大奮闘。
浜にいるWサーファーや通りかかった軽トラのおじちゃん等、みんな知らない同士なのに
力を合わせて一斉に脱輪車の周りで砂を掘ったり、車を押したり引っ張ったり。。。
その姿はとってもステキで、まさに“海の男”していた。
私はまたそんな海の男をまぶしく眺め、帰りには美味しいラーメンを食べ満足至極。
そして今日は三十路仲間をもう一人増やした何ともめでたい日でもあった。おめでと〜!

10月21日(火)  めるへんの街=松阪=
打ち合わせのため近鉄電車に揺られ松阪へ。
実は今回初めて松阪の駅で降りた。本居宣長さんと鈴の看板が雨越しに車窓から見えると、
ついつい牛の看板も探してしまう私。でも見あたらなかった。
が、駅のコンコースで「めるへん」という喫茶室を発見。そう!松阪は「めるへん」がある街なんだ。
そして私はどんな"めるへん"がそこには存在するのか迷ったあげく勇気を出して入ってみた。
すると「私は来週早番が月曜から木曜だから、あんた月と木曜遅番でしょ〜、会うのが少なくなるねぇ」と、
そこにはシフトを確認し合いながら仲良く働くパートおばちゃんの裏事情"めるへん"があった。
次回の松阪行きは日曜。今度はどんなめるへんが私を待っているのやら…

10月20日(月)  さすが
もう10月も半ばを過ぎ、街中でのぼりや看板に"年賀状印刷予約受付中"という文字が
現れ始めた今日この頃。 めっきりと朝晩は冷え込み始め、吐く息も白い。
いつからか部屋にあるライオンの置物に向かい「寒いね」と語りかけ、
そのマヌケな顔に少しあったまる気がした。
今日もいろんな事があった。いろんな事を考えた。いろんな人の事を思い出した。
そして、そろそろ容量Overな悩み事もこのライオンに相談したら楽になった。
さすが百獣の王。 日本シリーズも"さすが王"となるんだろうか?

10月18日(土)  秋のいちにち
海にはまだまだ続々とサーファーが集まり来る。
彼らは海岸に車で着いた順にまず腕組みして海を眺める。
そんな頃、私はまず周りを見渡して被写体を探す。
もうすっかり寒くて今シーズンの波乗りはあきらめてしまった私は、
またまたカメラを手に海岸や草むらをうろつく怪しい人に逆戻りしている。
そして今日の獲物をしっかりとカメラに収めると、遠くに波の音を聴きながら眠る。
これがなんとも心地いいわけで…。 それは私だけの秘密なわけで…。
そんな今日の夕方はビデオで「北の国から」を見たわけで…

10月15日(水)  さきちゃん
今回の東京ではずっと友達ふっちゃんのお家にお世話になり、
彼女の愛娘さきちゃんとは一年ぶりのご対面。ずいぶん背が伸びてる。
子供を持たない私は時の流れも自分の定規で計りがちだけれど、子供がいると
子供の成長で自分の時間の流れもわかるんだなぁ〜などと思った。
この写真はママが出掛けて二人でお留守番をしている時に撮ったモノ。
このポーズを自然にかまえる彼女に"いまどきだわ〜"と改めて感心。
大好きな彩希ちゃんの「明日も泊まって欲しいなぁ〜」の一言に延泊を決め
家に帰るのを延ばした私。しっかり彩希ちゃんの愛らしさにハマってしまった。

10月13日(月)  体育の日

未だに体育の日は10月10日と思ってしまう、そんな私の13日体育の日。
東京のライブハウスで二日間に渡って行われたサウンド・コンテスト'03の司会を仰せつかり、
たくさんのミュージシャンに囲まれながら、なんとも言い難いステキな懐かしさを感じた。
このイベントから近い将来、メジャーデビューするアーティストがたくさん排出されるとの事。
どのバンドもさすがにレベル高し。私もリハーサルの段階でいくつかお気に入りを見つけた。
 音楽は好きも嫌いも関係なく日常にあふれていて、 たくさんの選択肢がある中。多くの人に
受け入れられるミュージシャンになるのは大変なのかもしれない。けれど、好きな音楽を純粋に
出来ている今の彼らの姿は本当にステキだった。
賞にこだわらず、自分たちの道を信じてそれぞれにいつまでも輝き続けて欲しい。


10月11日(土)  メナード青山
FM三重の公開録音でメナード青山にお邪魔した今日は現場に近づくにつれてひどい雨。
晴れ女を自称する私は首を傾げながら、雨男雨女を捜した。誰だ?!
本番に入りますます強くなる雨に負けず、たくさんのお客さんがShoyan Worldに引き込まれていく…。
さすが大御所!  結局降り止まない雨の中、行きも帰りも少しずつ迷った。

10月9日(木)  夢、夢、そして夢
昨日の夜。部屋でぼ〜っとしていたら携帯電話がなった。
どうやらバッカスにより、とっても良い気分にされた感じでの電話。こちらまで楽しくなる。
そしてその電話は瞬く間に「寝る」と言って切れた。その素早さは不思議と爽やかにも思えた。
その電話のあと、ベッドで横になりながら本を読んでいたら急速に私も眠くなった。
どうやら睡魔が伝染した模様。本を読んでいる体勢のまま眠ってしまった。そして夢を見た。
朝起きて、手にしっかり本を握ったままだった私は、しっかりとその夜見た夢も覚えていた。
よく起きても覚えてる夢は正夢になるというが、これは正夢には決してならないだろう。
そして、そういうのは人に話さない方が正夢にもなるとも言う。(現実になったらすごい)
う〜ん言いたい。でもバカにされる。いやっ話したい。でも笑われる…などと、
一夜明けての今日は、うずうずしながらも結局タイミングを逃し、
まさかわざわざ電話をかける程でもなく、 誰にも夢の話はしなかった。どうなる私の夢?!

10月7日(火)  四捨五入

All for youさんからいただいたケーキを今日みんなでいただきました。
本当にAll さんありがとうございました。とっても美味しかったです。
3本のろうそくに、我が弟は「これ数足りないね」とのたまっていましたが、
良いんです。四捨五入で。これが4本だと繰り上がった気がしますもんね。
でも来年になったら四捨五入の文字はすっかり死語として、葬り去られるのです。はい。
結婚適齢期がクリスマスケーキと言われなくなった昨今。弟と私はケーキを前に
「独身だからお腹のたるみにも気を付けないとね」と、二人で脇腹をつまみあい

独身三十路姉弟のせつない絆を深めてしまった夜。今夜はやけに寒い気がする。


10月6日(月)  豚鼻

昔お世話になっていた事務所の元マネージャーで、今は退職して、
私の良き友人となっている彼女と一緒にこじゃれた所でご飯を食べた。
ワイワイと積もる話をしていると、何故か豚鼻の話になった。
呼吸の時、特に息を吸い込む時に“んがぁ”とか“うごぉ”という、
なんとも文字にしづらい、とにかく豚の鳴き声のような音だす事を豚鼻というらしい。
もちろん私もそのこじゃれた場でやってみた。しかし出来ない。
練習したが、出来ない。どうしても出来ない。未だに出来ない。なぜだ?


10月5日(日)  感謝
34段の階段は、そんなに辛く険しいとは思わずに、スタスタ昇っていくだろう。
34回の失恋はさすがにこたえて、もう恋なんてしたくないって思うだろう。
34皿の回転寿司も絶対に食べきれないし、ケーキバイキングでも無理。
34枚の写真は後2枚か3枚の残りで、現像に出されないままカメラの中で次なるシャッターチャンスを待つし、
34曲のメロディーは激しく優しく哀しくそして楽しくと、起承転結をつけて十分にライヴを盛り上げる。
そして34歳はなんなのだろう?意味などないのかもしれないし、あるのかも。
この365×34の一日いち日にいろんな事が起こったようで、起こらなかったようで、、、
気づけば34という数字を前に、少し怖かったり、笑えたりする私、、、
まだまだわからない事だらけの毎日に、立ち止まり・突き進み・スキップし、でも後戻りは出来ない事を心に留めながら、
ただ今言えるのは、私の34年間の今日までに出逢えた全ての人に今とても感謝しているという事。
ありがとう。

10月3日(金)  我が人生の師
「人は何のためにいきてるのかなぁ」
「う〜ん、そりゃぁたぶん 生きてる内に何度か"あ〜生きてて良かった"って思える時が
 あるだろ?きっとそういう時の為に生きてるんじゃないのかい」

なにげなくつけたTVで、満夫と寅さんがそう会話していた。深い。とっても深い。 
寅さんが旅して失恋して…、パターンは同じなのに、どうしてもこの映画に惹かれてしまう私。
それは、一つの所に留まる事が出来なかったり、本当は自分に自信がなかったり、単純だったり、
そんな寅さんの姿が自分と似ている気がして仕方がないからかもしれない。
我が人生の師"車寅次郎"あなたのように私も、しっかりと人として大切なモノだけは
見失わずに生きていきたい。 
な〜んて、真面目になってみたが、昨日の献血で
赤血球の多さが男性並と言われた私がここにいる。やっぱり「男(?)はつらいよ」なのかな…。

10月2日(木)  一日一善
誕生日月という事もあって、家にはバースデーなんとかというDMが続々届く。
そして献血の葉書も。 暇だから行ってこようと、葉書を手に献血センターへ。
今回初めて成分献血に挑戦。が、ご飯を食べていなかった私は
「あれ飲め」「これ食べろ」とまるで親戚のおばさんのような攻撃を受けた。
お腹が空いてなかった私は形だけ食べたふりをし、血圧測定。これまた低い。
なんとか規定値まで何度も測定を繰り返し、とうとう念願(?)の献血。
約40分DVDを見ながら血を採られ、帰り際に「今度は万全の体調で来て下さいね」
と、笑顔で注意されつつも、なんだか良い気分。私も誰かの役に立てるんだ…。

10月1日(水)  静けさの中で
ふと思い立って映画を見に行った。
街の小さな映画館はこの日、昼間という事もあって静けさが占領していた。
内容も調べず見た映画のタイトルは「名もなきアフリカの大地」
以前薦められて読んだアフリカの本を思い出しながら、私も広がる大地を空に
身をゆだねながら映画の中にのめり込んでいった。
この映画は第二次世界大戦勃発時のドイツとアフリカを描いていた。
とても良い映画だが、のめり込んだ分だけ帰りの足取りは重かった。
歴史とは人間とは人種とは…。考え始めると同時に心が泣きはじめ、
今この日本に生まれて気楽に生きている自分の幸せさを思い知った。